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2004 カンボジア 研修 ツアー

  日程 2004年 3月9日〜3月17日
 カンボジア研修ツアーの目的

地雷ゼロ宮崎では、皆様から集めた募金を直接カンボジアに届けるためと、現地の地雷の状況、現地のNGOの活動を状況を視察するために、そして、帰国後に多くの人にカンボジアの地雷などの現状を知ってもらうために講演会を行います。

 

 
行程
3月9日   午前中 福岡空港発 カンボジア プノンペン 夕方着
3月10日  

       キエンクリエン職業訓練センター

 「難民を助ける会」運営の障害者職業訓練センター。地雷被害者や諸障害者がバイク修理、電化製品修理、裁縫の3つの職業訓練を受けることが出来る。また無償で提供する車椅子も作っている。

バイク修理の授業風景   車椅子作り     電化製品の修理授業

  

 

 カンボジア人の責任者ヒョイ・ソチャットさんへ300ドルの募金を手渡す。

 

 

       

            カンボジアトラスト

 手足のない人や、障害者のために義手、義足を無料提供しているイギリスのNGO。技士装具士学校も併設している。

   義足の説明       被害者の方     300j募金を手渡す

 

3月11日  

          エマージェンシー病院

 カンボジア、バッタンバンにある戦争被災者の緊急病院。イタリアのNGOが運営している。

 彼は、地雷原を歩いているときに、地雷を踏んでしまった。私たちが訪れた前日に被害に合い病院に担ぎ込まれた。右足とを失い、右手と左足にも大怪我を負った。包帯からにじむ血が痛々しかった。

 

 

この病院には寄付として331ドル手渡した。

ここでは地雷被災者が1ヶ月に10人以上担ぎこまれる。

 

 

その他の訪問先 インターバンド

 

3月12日        

      MAG(マイン・アドバイザリー・グループ)

  地雷撤去を専門としているイギリスのNGO。カンボジアでは1992年より地雷撤去の活動を行っている。

 

 

 

 

 

 

地雷原(地雷の埋まっている場所)のすぐ横には民家が立ち並んでいた。また200メートル先には小学校があり、地雷原の脇が通学路になっていた。

この日に見つかった、ソ連製の地雷。私たちがいたほんの数時間で12個の地雷が見つかった。撤去作業を始めて2ヶ月で2000個以上の地雷が見つかっている。

 

作業をしている地雷撤去要員  ソ連製地雷 PMN2 

 

 

 

 

 

 地雷はすべて爆破で処理をする。  MAGに2300j募金を手渡す。

その他の訪問先 バッタンバンにある孤児院

   

3月13日

 早朝にシェムリアップに移動する。そのときに、前を走っていたピックアップトラック。カンボジアの人々は、長距離の移動はこの車に荷台に乗って移動する。ほこりが舞う悪路でも100キロ近くのスピードで飛ばす。

訪問先 アンコール小児病院

      アキラ地雷博物館

      クメール伝統織物研究所

3月14日  アンコール遺跡群 観光
3月15日 プノンペンへ移動

    スタンメンチャイ(ゴミの山)と小学校見学 

 

 

 

 

 

 

このゴミの山では、多くの人が、朝から晩までゴミ拾いをして生活をしている。1日家族4人で働いて100円ほどの稼ぎになる。食べていくのが精一杯の状況だ。ここでは200人の子供たちがゴミ拾いをしている。カンボジアのVCAOというNGO がここのこども達に識字などを教えている小学校を運営している。

 

3月16日      

     JMAS(日本地雷処理を支援する会)

 JMASは自衛隊のOBの方がう運営しているNGOである。カンボジアでの不発弾処理を今までの経験を生かして活動されている。      

ここでは200ドルの寄付を手渡しました。

 

 

 

 

 

  トウールスレーン博物館 キリングフィールド 見学

  日本橋下スラム街 見学

  JCBL 北川代表と面談

3月17日    

      プノンペン芸術大学

 クメール伝統舞踊の見学。アプサラダンスを見せてもらう。

        スラム街の孤児院の訪問

  プノンペン市内にあるスラム街の孤児院を訪問させてもらう。子ども達の可愛いクメール舞踊を見せてもらう。

 

カンボジアで出会った子ども達の写真
 
   
   
 
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